IT技術の進化に伴い、さまざまな分野でデジタル化が加速しています。しかし保安分野は長く巡視点検が基本とされ、人の目・手に拠る管理からの脱却が課題でした。
その状況に風穴を開け、保安分野の効率化・高度化への牽引が期待されるのが、「スマート保安実証支援事業費補助金」です。高度な保安業務のノウハウを持ちながらも、費用の点で新規性・革新性のある技術開発に踏み込めなかった企業や自治体が、この補助金との出会いで得たもの。それは技術開発のブレイクスルーに留まらず、企業の信頼度アップをも生み出し、次のステージへの大きな足掛かりとなっています。
静岡県中部の志太・榛原地区と群馬県下仁田地区の広大なエリアにクリーンエネルギーの都市ガス(TG)と液化石油ガス(LPG)を供給する東海ガス株式会社(本部:静岡県藤枝市 代表:山田 潤一)は、補助金を利用し、AIとスマートメーターを活用した大規模地震時の自律的復旧支援の実証を行いました。
ガス事業において、災害時の迅速な安全確保は最優先課題の一つです。特に東海ガスが事業を展開する地域は、古くから東海地震の発生が懸念されてきたエリアであり、日常的に「大規模地震への備え」が強く意識されてきました。
従来、地震などの災害発生時には、ガス供給を安全に停止するため、各家庭や施設を一軒ずつ訪問し、手動で閉栓作業を行う必要がありました。これは確実な方法である一方、膨大な時間と人手を要します。しかし同社を含む中小ガス事業者は、人的リソースに限りがあり、対応体制には大きな限界がありました。
同社の需要家件数は約56,000戸。作業員1人あたりの対応戸数は、過去の災害時実績から約70件程度とされており、仮に30人の作業員がフル稼働した場合でも、1日あたりの処理件数は約2,100件にとどまります。
さらに、被災時には人員の一部が出勤できないケースも想定されます。実際、2~3割の人員が動けない状況になれば、対応能力はさらに低下。日本ガス協会を通じて他地域に応援要員を要請できるものの、到着は早くて翌日、遅ければ3〜4日後となるため、その間は被災事業者だけで対応しなければなりません。
「ガス漏れや火災といった二次災害を発生させないのが、被災事業者に一番に求められる対応。限られた人数の中で、とにかく安全に、一刻も早くガスを止めることが必要になるとともに、事業規模に左右されることなく迅速に対応できる体制づくりが、全国の中小事業者共通の課題でもあります」と、導管工事部の竹村氏は語ります。
こうした課題を解決する手段として期待されているのが、通信機能を備えた「スマートメーター」です。ガス漏れや異常を検知すると自動的に情報を送信し、遠隔操作で閉栓することも可能です。
しかし、その導入には大きな障壁がありました。スマートメーターは従来型と比べて約2倍のコストがかかるため、資金力の限られる中小事業者では導入が進みにくいのが現状。実際、同社でも導入率は約1~2%(約600台)にとどまっています。
「機能面で非常に優れており、保安面でも魅力がありますが、価格面の課題から導入が進んでいません。そこでスマートメーターに、AI判定とクラウドシステムを連携させ、災害対策機能を強化。これは大手も含め、まだ取り組んでいる事業者はありません。スマートメーター設置の付加価値をより高めることで、他社も含めて導入を促進し、結果としてスマートメーターの市場価格の低下につなげたいと考えました」(竹村氏)。
今回の実証試験では、スマートメータークラウドシステム、ガス導管健全性判定AI、顧客管理システムを連携させ、災害時の新たな保安オペレーションを構築しました。
最大の特徴は、AIによるガス導管健全性判定です。地震発生時、各スマートメーターからガス圧力値のデータを収集し、AIが異常の分布を解析。判定結果から、被害が発生しているエリアを自動的に特定することが可能になります。同時に一斉閉栓を行い、その顧客情報を顧客管理システムに連携。被災やなんらかの不具合により遠隔自動操作での閉栓が実施できなかった顧客の情報のみJGA-DRESS(災害復旧支援モバイル報告システム)にデータ連携され、これらが手作業による閉栓の対象となります。
従来は、広範囲を人が歩いて一件一件確認しながら閉栓する必要がありましたが、この仕組みにより、圧力異常が疑われる地域を優先して対応することができるようになるのです。
実証試験は、補助金採択直後の9月中旬からスタート。翌年2月末までに①一斉閉栓機能の評価試験5回、②ガス導管健全性判定用AIの評価試験3回実施、これらの試験と並行して、スマートメータークラウドシステムと顧客管理システムのデータ連携も確認しました。
同社復旧ブロック(8ブロック)をモデル化した模擬環境に、スマートメーターを80台設置し、本実証試験用仮想環境にスマートメータークラウドシステムを構築。手動操作で疑似的に地震を発生させ、感震遮断させるとともに、一部のスマートメーターには通信異常や圧力異常を再現します。
①一斉閉栓機能の評価試験では、一斉閉栓した場合の成功率と、実行完了までの所要時間を計測したところ、98.8%※という高い成功率を実現しました。
所要時間については、1件当たり1.8秒※かかり、東海ガス供給エリアの一斉閉栓顧客想定数を3万件とした場合、15時間程度を要する計算になります。当初目標は、日本ガス協会への応援復旧閉栓要員数報告の目安時間内である5時間で、現状の結果では大きな乖離があるため、時間短縮が今後の課題です。
※実証試験5回平均
②ガス導管健全性判定用AIの評価試験では、全スマートメーター80台から40台を抜粋、疑似的に地震を発生させて手動で圧力データ投入を行いました。今回、導管健全判定を当該エリアの導管被害率40%未満と設定しましたが、今後、他の事業者に展開することを鑑み、これをパラメータ化して事業者ごとに設定できる仕様の必要性を認識しました。
【同社が想定する条件と結果】
・地震規模:60カイン以上90カイン未満(震度6弱から震度6強程度)
・緊急停止ブロック数:3ブロック
・緊急停止顧客件数:約3万件 ⇒約6千件に低減(3万件×0.2(遠隔自動閉栓通信失敗率)=6千件)
・閉栓作業要員数:430人(延べ人数) ⇒86人に低減
・閉栓想定所要日数:3日⇒ 3日(変化なし)
・閉栓作業要員数:143人/日⇒ 29人/日に低減
東海ガス閉栓作業要員の1日あたり最大数が30人想定のため、上記結果から、救援要請なしに閉栓作業を完了させられることを確認。113人分と試算した復旧費の1,000万円削減も可能であることがわかりました。(▲113人×人件費×3万円/日×3日)
今後は、例えば水道管破損によるサンドブラスト供給支障事故等の検知、難検針箇所への適用による検針業務の合理化など、ガスの枠を越えた幅広い災害対応や、平常時利用に適した仕様を実装することで、より利便性の高いシステムをめざします。
同社は今回の成果を自社にとどめず、セミナーや展示会、シンポジウムへの出展を通じて、全国の都市ガス事業者に展開していく考えです。この新たな取り組みはこれら事業者に注目され、既に実施した本実証事業に関する見学会にも多数の参加申し込みがありました。
「この取り組みをきっかけに、同じ課題解決に向けて他の事業者と交流できたのは良かった」と竹村氏は語ります。
また供給保安部の西尾氏も、「こういった実証試験を通して、スマートメーターの普及とガスの安全性向上に携われたことが良い経験となった」と続けます。
スマートメーターは、単なる“便利な機器”ではなく、災害時の安全を支える基盤へと進化しつつあります。
東海ガスの取り組みは、限られた人員でも迅速な初動対応を可能にする新たな選択肢を示しました。今後、この仕組みが広がることで、中小事業者でもより高い水準の保安体制を構築できるようになる。今回の実証試験が、その実現可能性を提示したと言えるでしょう。